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🎯 Sake Diploma クイズ10問
歴史・蔵元・技術から。10問で你の酒レベルを判定。
Sake Diploma 風クイズ 10問
以下の10問はSake Diploma・日本酒検定レベルの問題です。各選択肢のボタンをクリックして正解を確認してください。
スコア: 0 / 10
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問1. 宮水(みやみず)を発見した人物は誰か?
解説: 宮水を発見したのは西宮の酒造家・山邑太左衛門(やまむらたざえもん)で、1840年代(天保年間)のことです。水質の違いが発酵力に大きく影響することを経験的に発見しました。
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問2. 江戸時代、灘の酒を江戸へ運んだ船の名称は何か?
解説: 灘の酒を江戸へ運んだのは「樽廻船(たるかいせん)」です。一艘に約2,000個の四斗樽を積み、大阪から太平洋回りで江戸・品川まで約7〜10日かけて輸送しました。三十石船は伏見〜大阪間の淀川運送船です。
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問3. 日本清酒の祖と呼ばれる「諸白」技法を確立した奈良の寺院はどこか?
解説: 奈良市郊外の菩提山正暦寺(しょうりゃくじ)は、995年(正暦6年)頃に「菩提泉(ぼだいせん)」と呼ばれる清澄な酒(日本清酒の源流)を醸し始めたとされます。諸白(もろはく)技法・三段仕込み・火入れの原型を実践した「日本清酒発祥の地」とされています。
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問4. 「酒米の王様」と呼ばれ、1936年に登録された品種は何か?
解説: 山田錦は兵庫県立農事試験場で山田穂と短稈渡船2号を交配させて育成し、1936年(昭和11年)に品種登録されました。現在も全国の大吟醸・吟醸酒の主要原料として使われています。
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問5. 速醸酛(そくじょうもと)を1909年に確立した人物は誰か?
解説: 国立醸造試験所の江田鎌治郎(えだかまじろう)博士が1909年(明治42年)に速醸酛を確立しました。乳酸を直接添加することで酒母造りを約2週間に短縮し、現在日本全国の約90%の蔵がこの方式を採用しています。
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問6. 丹波杜氏が主に出稼ぎに行った清酒産地はどこか?
解説: 丹波杜氏は兵庫県篠山(現・丹波篠山市)周辺出身の杜氏集団で、主な出稼ぎ先は灘五郷(兵庫県)でした。江戸時代から冬の農閑期に灘の蔵へ出稼ぎし、灘の清酒技術の発展を支えてきました。
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問7. 伏見の名水で、ユネスコ「名水百選」(1985年)にも選ばれた水の名は?
解説: 御香水(ごこうすい)は伏見の御香宮神社境内に湧く名水で、864年(貞観6年)に芳香を放つ水が湧き出たとされる歴史を持ちます。1985年に環境省の「名水百選」に選定されました。
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問8. 伏見の酒が「女酒(おんなざけ)」と呼ばれる最大の理由は何か?
解説: 伏見の酒が「女酒」と呼ばれるのは、軟水(硬度40〜70mg/L)を使った仕込みにより発酵がゆっくり穏やかに進み、まろやかで柔らかい酒質になるためです。「力強い灘の男酒」に対するコントラストとして江戸時代から使われた表現です。
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問9. 現在最も広く使われている協会酵母で、1953年に熊本の「香露」蔵で分離された酵母は何号か?
解説: 協会9号(きょうかい9ごう)は1953年に熊本県の酒蔵「香露」から分離された酵母で、カプロン酸エチルによるリンゴ様の吟醸香を高く生産します。現在も日本全国で最も広く使われる酵母であり、「熊本酵母」とも呼ばれます。
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問10. 三倍増醸酒(三増酒)が国策として導入されたのはいつか?
解説: 三増酒(三倍増醸酒)は1943年(昭和18年)、太平洋戦争中の深刻な米不足に対応するため国策として導入されました。純米酒に醸造アルコール・糖類・酸味料などを添加して量を3倍に増やす方式で、戦後も安価な酒として長く続きましたが2006年に正式廃止されました。